University of Tokyo

08/08/2024 | Press release | Distributed by Public on 08/08/2024 19:25

極めて短い時間スケールに、マイクロ渦を作り込む技術の構築に成功!

ポイント

① 渦は小さな細胞や流体の高速操作を支える重要な現象ですが、その発生制御は困難でした。
② 1 ミリ秒(10,000分の1)という短い時間スケールで、渦の発生制御に成功しました。
③ 渦を使った流路の機能群を創出することで、マイクロ流体工学の"新たな領域"を拓くことが期待されます。

概要

マイクロ渦の生成は、生物学や化学の分野において高速な細胞操作や効率的な溶液混合を可能とするため、マイクロスケール(※1)の重要な現象となっています。しかし、マイクロ渦が発生する時間は、1ミリ秒よりも短い時間であることから、制御することは困難とされてきました。

本研究では、極めて短い時間で流れを制御することで、マイクロ渦の発生制御技術を確立しました。

九州大学大学院工学府の齋藤真博士課程大学院生、東京大学大学院工学系研究科の新井史人教授、九州大学大学院工学研究院の山西陽子教授、九州大学大学院工学研究院の佐久間臣耶准教授の研究グループは、マイクロ流体チップ(※2)中に組み込んだオンチップメンブレンポンプを用いて、50から450程度のレイノルズ数(※3)に相当する高速流を0.1ミリ秒程度の時間で制御することで、渦の発生制御が可能なマイクロ流体システムを構築しました。さらに、渦が配管抵抗(※4)の原因となることに着目し、0.1ミリ秒の流れ場を設計・制御することで、流路の順方向・逆方向の流れやすさを調節することができる流体素子を実現しました。これにより、バルブを使用しない新しい流体制御技術の構築に成功し、その応用として遊泳細胞(※5)の単一細胞ピペッティングを示しました。本成果は、渦の発生制御に基づく、新たな流路機能群の創出に貢献し、マイクロ流体工学の領域・応用を拓くことが期待されます。

本研究は、202486日午前4時(日本時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」にオンライン版で公開されました。

研究者からひとこと:

渦は身近な流体現象ですが、顕微鏡の下でも発生しています。一見同じように見えますが、その時間スケールは全く異なります。左の写真は、水を流し始めて、わずか0.1ミリ秒後のマイクロ流路ですが、渦が既に発生しています。この小さく、速い、渦の制御が、細胞や微小流体の新しい操作・解析技術を拓いていきます。

【研究の背景と経緯】

渦は私たちの身近に見ることができる流体現象です。顕微鏡下のマイクロスケール環境でも渦は観察され、特にマイクロ流体工学の分野では、微小な粒子・流体を操作するための重要な現象として研究されています。例えば、マイクロ流体チップ中に高速な定常流れ(※6)を導入した際に発生する渦は、その渦巻状の二次流れ(※7)を用いて対象を搬送することで、細胞の高速な整列や濃縮、遺伝子の導入といった細胞の操作・解析を可能としてきました。近年では、さらに、流体制御技術をマイクロ流体チップ中に統合することで、時間に対して大きさや形状が変化する渦を用いる研究が行われています。渦が周囲の流体を巻き込んで大きく成長する特性を生かした粒子の分取技術や、二次流れのせん断力を用いた免疫細胞の活性化、渦が配管抵抗の原因となることを利用した可動部を使用しない逆止弁など、様々な流路の機能が提案されてきました。このように渦がマイクロ環境下で重要な役割を果たしてきた一方で、渦の発生は極めて短い時間スケールの現象であるために、時空間的な発生を制御することは困難とされてきました。

【研究の内容と成果】

本研究では、マイクロ流体チップ中に超高速の流体制御技術を統合することで、渦の発生制御技術の確立に取り組みました。流体制御技術は図1に示すように、ピエゾアクチュエータ(※8)の伸長・収縮により、マイクロ流体チップ中のメンブレン構造を押し・引きすることで、流体の吐出・吸引を行います。高剛性なガラス製のメンブレン構造を採用することで、アクチュエータの高速な伸長・収縮を流体に伝達することができ、およそ0.1ミリ秒という極めて短い時間で流速を変化させることが可能です。

本手法によってもたらされる渦の発生制御の応用例として、渦が配管抵抗の原因となることに着目し、順・逆方向の"流体の流れやすさ"を制御することができる新しい流体素子、Asymmetric flow resistorsAFRs)を提案しました。AFRsは図1(A)に示すように、繰り返しのノズル形状を基本とした、流れ方向に非対称な形状で構成されています。ここに低レイノルズ数(速度が遅い)の流れを印加すると、順方向では、流路急拡大部で渦が発生しますが、逆方向では渦が見られない層流(※9)環境となります。渦は配管抵抗が大きくなる原因となるため、このときAFRsは、"順方向は流れにくく、逆方向は流れやすい"方向依存性の抵抗を示します。一方で、レイノルズ数を高く(流速を速く)すると、順方向の渦が緩やかに成長をするのに対し、逆方向では渦が急速に発生し始めます。この急速な渦発生は、より大きな配管抵抗をもたらすことから、AFRsの方向依存性が逆転し、"順方向は流れやすく、逆方向は流れにくい"特性を示します。この特性を用いると、可動部の無い流路形状で、流れ方向を切り替えることができます。例えば、AFRsを図1(B)、(C)に示すように、メンブレンポンプと接続することを考えます。このメンブレンポンプは、駆動源となるアクチュエータへの電圧を大きくすることで、流速を速くすることが可能です。よって、低い電圧(低流速)で駆動すると、吐出時は逆方向へ多くの流体を吐出し、吸引時は順方向から多くの流体を吸引するため、吐出・吸引を繰り返すと、逆方向の流れを生むことができます。一方で、高い電圧(高流速)で駆動すると、この方向の関係が逆転しますので、流れの方向を切り替えることができます。

図2に渦の制御と流れ方向の切り替えを実証した結果を示します。まず、メンブレンポンプの電圧(流速)を変化させたときの流路中のトレーサー粒子(※10)を観察しました。図2(A)、(B)に示すように、低速条件だと順方向のみで渦の発生が観察されたのに対し、高速条件だと逆方向でも渦が発生する様子が観察されました。このことから、本提案手法で渦の発生制御が可能であることを確認しました。次に、AFRsの出口でマイクロビーズが搬送される様子を観察しました。図2(C)、(D)に示すように低速条件ではビーズが振動しながら逆方向に搬送されたのに対し、高速条件ではビーズが順方向に搬送されたことから、流れ方向の切り替えを実証しました。さらに、ビーズの振動運動から吐出・吸引操作のレイノルズ数の推定をしたところ、図2(E)に示すように、電圧によってレイノルズ数を制御できることを確認しました。このとき、1回の吐出・吸引操作において最大流速となるまでの時間が0.125ミリ秒であったことから、数百オーダーのレイノルズ数をおよそ0.1ミリ秒で制御できることを示しました。また、接続した流量計から搬送流の流量を計測したところ、図2(F)に示すように電圧の増加によって流れ方向が切り替わることを確認し、順・逆方向にそれぞれ最大111マイクロリットル毎分、93.3マイクロリットル毎分の流量で制御できることを示しました。

最後に、AFRsを用いて、図3(A)に示すようなマイクロピペットを構成し、高速な流体制御に基づく、遊泳細胞の分取実験を行いました。これまでのマイクロピペットの課題としていた、高速・高分解能・大体積な流体制御を克服したことで、図3(B)に示すようにマイクロウェルプレート(※11)上を泳ぎ回るミドリムシを単一細胞レベルで分取することができます。以上により、本研究で提案する手法によって、新しい流体素子の実現と、渦の発生制御の有用性を示しました。

【今後の展開】

マイクロ流体チップは病理診断や創薬に貢献する重要な解析技術です。これまで、渦を作り、利用することで、流路の機能が増え、解析技術としてのマイクロ流体チップの応用先が広がってきました。本研究で創出した渦の発生制御がもたらす新たな流路機能群も、マイクロ流体工学の新しい領域・応用を拓いていくことが期待されます。また、本研究で提案した新しい流体素子は、複雑な3次元構造をマイクロ流体デバイスに組み込む必要がなく、さらに、チップ上の駆動源一つで流れ方向を制御することができます。これは、マイクロ流体チップの利用の妨げになっていた、流れ制御におけるシステムの複雑さを解消し得る技術であるため、マイクロ流体チップの普及に貢献することが期待されます。

(図1) マイクロ渦の発生制御を利用した流体素子のコンセプト図。(A) 流体素子AFRsのコンセプト図。(A-1, 2) 低流速時の流れ方向に対する配管抵抗、(A-3, 4) 高流速時の流れ方向に対する配管抵抗の変化。(B) オンチップメンブレンポンプを用いた渦制御装置の構成図。(C) 流れ方向切り替えのメカニズム。(C-1) 低流速、(C-2) 高流速で繰り返し吐出・吸引した際の流れ方向。

(図2) 渦の発生制御のAFRsの検証実験。(A) 低流速、(B) 高流速時の渦生成の様子。(C) 低流速、(D) 高流速時のマイクロビーズ搬送の様子。(E) 吐出・吸引操作の電圧に対するレイノルズ数の変化。(F) 電圧を変化させた場合の流量の計測結果。

(図3) 流れ方向切り替えを利用したマイクロピペット。(A) 装置構成。(A-1) 作製したマイクロピペットおよび(A-2) マイクロ流体チップの写真。(B) 遊泳細胞の単一細胞操作の様子。(B-1) 細胞分離のための単一細胞の吸引、(B-2) 吐出操作。

写真:左から、

齋藤真 博士課程学生、

新井史人 教授、

山西陽子 教授、

佐久間臣耶 准教授

【用語解説】

(※1) マイクロスケール

100万分の1メートル(マイクロ:100万分の1)。髪の毛の太さは60100マイクロメートル程。

(※2) マイクロ流体チップ

微量の溶液や生体試料の混合、反応、分取、精製、検出などさまざまな化学、生物操作をミクロ化できる半導体製造技術を用いて作製したデバイス。

(※3) レイノルズ数

流体の慣性力と粘性力の比をとった無次元数。この値が高いほど、渦が発生しやすくなる。マイクロ流体チップ中では1よりも小さい値となることが多い。

(※4) 配管抵抗

流体が流れる管の内壁と流体との間に発生する、摩擦力や渦の発生に由来するエネルギー損失によって決定される管や流路の抵抗または流れやすさ。

(※5) 遊泳細胞

鞭(べん)毛や体を回転させることで、推進力を得て、液中を動き回る(泳ぎ回る)運動性を持つ細胞のこと。

(※6) 定常流れ

時間が経過しても速度・圧力・密度といった物理量に変化が起こらない流体の流れのこと。

(※7) 二次流れ

全体の大きな流れ(主流)に対して直角の方向に引き起こされる二次的な流れのこと。

(※8) ピエゾアクチュエータ

電圧を加えると伸長・拡大などの変形を引き起こすデバイス。数マイクロメートルの大きさで変形ができるため、微細な操作を行うことができる。

(※9) 層流

流れの状態の名称で、流体の各部分が互いに混ざり合うことのない流れのこと。

(※10) トレーサー粒子

流体の流れに追従(トレース)して一緒に運動することで、流れを可視化することができるマイクロメートルスケールの小さな粒子。

(※11) マイクロウェルプレート

直径が1センチメートル程度で、容積が数百マイクロリットルの多数のくぼみ(ウェル)を有するプレート。細胞培養や分析に用いられる。

【謝辞】

本研究は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2157)、JSPS特別研究員奨励費(22J23814)の支援を受けて行われました。

【論文情報】

掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

タイトル:Spatiotemporally controlled microvortices provide advanced microfluidic components.

著者名:Makoto Saito, Fumihito Arai, Yoko Yamanishi and Shinya Sakuma

DOI:10.1073/pnas.2306182121.

プレスリリース本文:PDFファイル

Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2306182121